佐政水産株式会社

トップの想い

社員ひとりひとりが企業の代表

 当社は明治末期、佐藤政吉商店から出発し、初代社長佐藤政吉が昭和25年4月、
佐政水産株式会社を創立、水産物を全国に出荷し基盤を築きました。
二代目社長佐藤實郎はアジ・ムロなどを全国より集荷し、沼津のひもの加工業者に販売、
現在の日本一の生産量を誇る「沼津の干物」の流通を確立させました。
魚の相場は毎日変化する為、弊社独自の「魚の相場」を考え、新鮮で良質の魚を仕入れ、
顧客や消費者の皆様に安定供給し続けることが私たちの使命であると考えています。
 経営方針は、お客様の生の声にこたえ、チームワークを第一とし、
水産卸会社として顧客の皆様の繁栄と沼津港の発展に力を尽くしていくことです。
また、「社員の成長が会社の成長である」と考え、個々の人間性を高めていくことが
会社の発展につながり、しいては社会への貢献につながると考えます。
私たち佐政水産は現在の変化の激しい時代に対応し、新規事業にも積極的に取りくみ、
常に顧客満足、地域貢献を目指して頑張っていきたいと思います。
代表取締役社長
佐藤 隆是
代表取締役社長 佐藤 隆是

新規事業を積極的に展開 地元の活性化に取り組む

当社は、沼津魚市場の荷受・出荷業務、沼津の干物加工メーカーへの原料販売、水産物全般の卸売などを中心に業務を行ってきました。しかし、現在の水産業は水揚・加工・流通・販売手段が大きく変化し、消費者ニーズも多様化・差別化が進んでいます。また海外でも日本食が広まり、水産物の輸出は、年々伸び続けています。
 そのような状況の中、沼津港では水揚げが年々減少し、漁師や仲買、干物加工メーカーも倒産や廃業が相次いでいきました。また沼津港全体も観光客が年間約100万人訪れる観光地でしたが、昼食の立ち寄りがほとんどで、夕方や冬は人通りが途絶えてしまっていました。このままでは、水産業の将来性も厳しく、観光も伊豆縦貫道ができれば、沼津は素通りされ、さびれてしまうかもしれないという危機感を持っていました。
 そこで、新たに加工場を建設し、自社商品の製造・販売に取り組みました。日本全国に数万社ある水産加工メーカーとの差別化を図るために最新の冷凍技術プロトン凍結を導入し、天然の魚を使用した冷凍刺身・寿司商材を製造しました。また豊富な魚種が水揚げされる沼津港に隣接する自社の強みを活かし、沼津港で水揚げされたサバを使った〆サバや冷凍生しらす、伊豆の金目鯛の煮付けなど、沼津ならではの商品開発に取り組みました。その中でも今まで注目度が低かった深海魚を全面的に押し出し、深海魚の冷凍や唐揚げなどの製品を全国各地に売り込みました。沼津港では、巻網や定置、釣りなどさまざまな漁が行われていますが、中でも深海魚を捕る「底引き網漁」は100年の歴史があり、メヒカリやメギス、アカザエビなど見た目の割に脂が乗っておいしい深海魚が水揚げされてきました。また駿河湾は急深のため、漁場まで近く、輸送時間が短いため、非常に鮮度が良く、刺身でも食べる事ができました。しかし、地元の人にはほとんど知られず、一部の店や東京などに流通されるだけで、大量に獲れたときは安値で買いたたかれたり、練り製品の原料に回されたりしていました。そこで深海魚を実際に自社の加工場で冷凍や加工品にして全国の量販店や飲食店などに販売していくと、予想以上に評価が高く、喜んでいただけました。現在では、シンガポールやタイなどの回転寿司や日本食レストランにも輸出するようになり、「沼津の深海魚」を海外にも広めていくように挑戦しています。
同時に沼津港活性化の手段を探るため、全国や海外の観光地を視察したところ、「地元の人に評価されない施設は、長続きしない」と確信しました。リーマンショックや東日本大震災などで水産業にも大きな影響を受ける中、「このまま何もしなかったら将来はない」と覚悟し、2011年12月10日に「港八十三番地」と「沼津港深海水族館~シーラカンス・ミュージアム」を開業しました。
出店する飲食店は、ほぼ年中無休で夜10時まで営業、食事メニューの30%以上に県東部の食材を利用し、深海魚をメニューに加えることを条件に、参加店舗を募りました。当初は震災の影響もあり、出店してもらえる店舗がほとんどありませんでしたが、以前から取引のあった東京や大阪の飲食店の方々がコンセプトに賛同し、出店をご快諾頂きました。それぞれが運営する飲食店では、深海魚を寿司、海鮮丼、天ぷら、バーガー、浜焼きなどいろいろな料理で食べることができます。また自社でも飲食事業に挑戦して始めた「浜焼きしんちゃん」では、深海魚の浜焼きや唐揚げ、また沼津産の生しらすやシメサバなど、沼津港の食材を積極的に使用して、観光地価格ではない地元価格で提供しています。当初は人通りの少なかった夜も、観光客だけでなく、多くの地元の方も来ていただけるようになりました。
 「港八十三番地」を開業する前、「飲食店だけでは食事時の集客だけで、滞留時間も短くなってしまう。他の地域との差別化が『食』だけでは不十分である、また沼津市は有名な観光施設が少ないと考え、地元の人が自慢できる、沼津が目的地となるような施設を港八十三番地に作れないか」と検討していました。そんな中、現在、水族館の館長を務めてもらっている石垣幸二さんと出会いました。石垣さんは、世界中の海から魚を集めて、日本や世界中の水族館に魚を販売する「ブルーコーナー」(三島市)を経営しましたが、「地元の人が自慢できる施設を」という考えに共感して下さり、すぐに一緒に水族館設立を目指すことになりました。
やるからには他にあるようなものを造っても意味がありません。そこで石垣さんは、「日本一深い駿河湾に面し、深海漁も行われている沼津だったら、世界中のどこもできていない深海魚をメーンにした水族館ができるかもしれない」と提案してくれました。もともと、深海魚に着目し、飲食店での差別化で扱おうとしていた私のイメージとぴったり重なり、石垣さんと出会って約1年後、「沼津港深海水族館~シーラカンス・ミュージアム」をオープンしました。現在、3年が経過して、認知度も上がり、全国から人が来ていただけるようになりました。入館者数も予定よりも大幅に早く100万人を達成することができました。
当初、周りからは心配する声も多く聞かれましたが、沼津は伊豆・箱根・富士山という日本でも有数の観光エリアに囲まれ、東名高速もあり、東海道新幹線も近くて、首都圏からは日帰りができる距離にあり、本当に恵まれた立地にあります。そのため、魅力さえあれば、必ず人は来ると信じていました。現在は、深海魚の沼津魚市場での相場は、魚種によっては5~10倍の値が付くようにもなりました。地元でも沼津の深海魚を使っていただけるお店も増えています。これには漁師だけでなく、魚市場や仲買人も喜んでくれています。
気候も温暖で海や山に囲まれた沼津は非常に住みやすいと思いますが、現状、全国でもワースト10に入る人口減少の多い市となってしまっています。沼津港と共に100年、水産業の発展に取り組んできた当社として、さらに沼津港の活性化に取り組み、働きがいのある場所と住みたくなる地域の創生に取り組んでいきたいと考えています。
専務取締役
佐藤 慎一郎
専務取締役 佐藤 慎一郎